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西郷どん 江戸城無血開城までの立役者 御三家 尾張藩徳川慶勝

公開日: : 最終更新日:2018/11/18 歴史

物語はついに「江戸城無血開城」となりますが、新政府軍が鳥羽伏見の戦いの後、大井川を越え箱根を越えるまで殆ど抵抗もなく江戸まで進軍できたのは尾張藩徳川慶勝の存在が大きいのです。この時徳川御三家、徳川親藩大名達は新政府軍、幕府軍、どちら側に加勢したのでしょうか。当然家康との代々繋がりがあるので幕府軍と思われがちですが、なんとこの時点で既に新政府軍側についた藩(御三家、親藩)が多いのです。

御三家3家(尾張、紀州、水戸)のうち2家(尾張、水戸)が新政府軍、親藩大名20藩のうち13藩が新政府軍、そして最後には御三家(尾張、紀州、水戸)全部新政府軍、親藩大名20藩のうち18藩が新政府軍側につきました。最後まで新政府軍と戦った親藩はわずか2藩で会津藩と桑名藩です。これは驚きです。譜代、外様大名に於いても箱根以西は尾張藩影響下ほぼ新政府軍側、北陸、東北は頑強佐幕会津藩の影響下幕府側が多く列藩同盟(当初会津藩、庄内藩の朝敵赦免嘆願を目的としたが却下されると北日本政権確立を目的とした軍事同盟に変わった。)も結成されています。

家康は全国を統一してから大名配置に関し特に西(関ケ原の戦いの西軍大名、毛利、島津等)からの脅威を考えて京都から江戸の手前箱根まで盤石の布陣を配したはずです。ところが尾張藩徳川慶勝が近畿、東海諸藩(譜代大名)に600通もの書簡を送り新政府軍につくよう説得しついには東海道、中山道、北陸道において戦わず新政府軍を通しました。ではなぜ慶勝はそのような行動をとったのでしょうか。

まず将軍家(宗家)ですが、徳川家康直系で家康、秀忠(三男)、家光(秀忠長男長丸が早世の為の次男家光が継承)、以後代々将軍家の長男が将軍職を世襲する原則を定めました。しかし7代将軍家継が8歳で死去したため宗家は断絶しました。これにより8代将軍は紀州徳川家吉宗が養子に迎えられました。以降14代将軍家茂まで紀州家の血筋となり15代将軍には一橋家から慶喜が養子となり将軍職に就いています。途中7代将軍を決める際に尾張徳川家と紀州徳川家とは跡継ぎ問題で確執がありました。この時新井白石の反対にあい結局尾張徳川家が折れた形となり幕末まで遺恨を残す事となりました。

徳川御三家とは一門では将軍家に次ぐ最高位です。徳川の姓を名乗ることと三つ葉葵の家紋使用を許され宗家を補佐する役目がありました。本来宗家の跡継ぎが途絶えたときに備える目的が主でありました。序列的には下記の通りで尾張藩が筆頭です。しかしながら尾張藩からは一度も将軍を出していません。このことは尾張藩は将軍家に対しかなりの不満を持っていました。

尾張徳川家 藩祖 徳川義直 (家康九男)  尾張藩 62万石 名古屋城

紀州徳川家 藩祖 徳川頼宣 (家康十男)  紀州藩 56万石 和歌山城

水戸徳川家 藩祖 徳川頼房 (家康十一男) 水戸藩 35万石 水戸城

尾張徳川家藩祖 徳川義直(家康九男)は元来勤皇思想の持主でありその影響は尾張藩幕末徳川慶勝まで延々と継承されます。「王命に依って催さるること」を秘伝の藩訓としていました。慶勝は徳川家そのものよりも、むしろ朝廷を尊ぶ尊王思想であったようです。孝明天皇の信頼も厚く第一次長州征伐の際は征長軍総督になりました。(慶勝は当初固辞していたが全権委任を取り付けて引き受けました。)そして西郷を征長軍全権を委任された参謀格としました。もともとこの二人は長州征伐を幕府の統制下を離れ寛典論にもとずく早期解兵路線で一致していました。(この時点で西郷は薩長同盟を意識し、慶勝は将軍慶喜とは従妹同士でしたが既に慶喜には愛想をつかしていたのでは。)

そして慶勝は兵を進めながらも平和交渉で外交に勝ち終戦に持ち込むことに成功しました。長州藩には禁門の変の責任を取らせ3家老を切腹させました。「血を流さず戦費を費やさず」慶勝とすれば最高の平和裏の終結だった。しかし慶喜からは、長州の措置が寛大過ぎるとして、非難され糞みそに言われ、慶喜との間に決定的な遺恨を残しました。なので第二次長州征伐には慶勝は病気を理由に出陣もしなかった。慶勝は尊王思想の持主であり、当初は幕政の公武合体の重鎮でした。大政奉還後新政府の議定に任じられています。鳥羽伏見の戦いが始まると、新政府と幕府の対立が明らかになると、新政府側につき自藩での佐幕派を青松葉事件で弾圧し立場を鮮明にしています。

鳥羽伏見の戦いのあと明治新政府により東征軍が編成されると、徳川慶勝は東海道諸藩の触頭に任命され、佐幕色の強かった東海道譜代諸藩を勤皇側へ動かしました。このことは歴史上の大転換点と言わざるを得ないと考えます。もし徳川慶勝が佐幕派で東海道譜代諸藩をまとめ、そして会津藩、庄内藩と結束し奥羽越列藩同盟と手を組んでいたら明治維新は成功しなかったでしょう。その前に慶勝を中心とした東海道譜代諸藩に新政府軍はぼろ負けしていたかもしれません。

 

 

 

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